生活保護法ができるまで!歴史は流れで覚える!

この辺りの分野はそこまで重要ではなく、でも久しぶりにやると忘れているような所ではないでしょうか。

過去問でも2回しか出てないので、法律・通達名まら内容を想像して何回もやらないで済むようにしましょう。

生活保護法ができるまで

  • 明治維新
    • 棄児養育米給与方
    • 恤救規則
  • 世界恐慌
    • 救護法
  • 第二次世界大戦
    • 旧生活保護法

児童福祉の歴史はこちら

棄児養育米給与方

未来の強兵および労働力として児童を重視していた明治政府は、その対応として幕藩体制の時期から行ってきた堕胎等の取り締まりを行いました。

そのため明治政府は 「棄児養育米給与方」を通達ました。

15歳未満(後に13歳)の捨て子の養育をしている人に1年あたり米を七斗(後に現金)を支給した制度です。

恤救規則

さらに、明治政府は、地方が行っていた政策をは明治初期の天皇の力を示すため、「恤救規則」(1874年)を公布しました。

恤救とは、あわれんで救うことです。

この制度は家族や血縁者の相互扶助を求めており、それらに責任があるとされました。

それでも家族がなく、70歳以上の老衰者や13歳以下の子どもなど、多くの条件付きの「無告の窮民」が救済の対象で、制限が厳しいため実効性に乏しく、形式的なものでした。

ごく少数(約2万人)の人しか対象者とならず、救済内容は米代としてのわずかな現金給付のみでした。

救護法

世界恐慌の年に、はじめて国の責任における公的扶助義務が明示されました。

現在の生活保護法にある「生活扶助」「医療扶助」「助産扶助」「生業扶助」が規定(居宅救護を原則)され、さらに葬祭費も支給される総合的な救貧施策でした。

救済の対象も拡大(約15万人)され、65歳以上の老衰者、13歳以下の子どもや障害者などとなりました。

救護施設として孤児院、養老院を作りました。

ちなみに救貧法とは別物です。

生活保護法の記事はこちら

日本福祉の歴史

過去問

保育士試験 平成28年(2016年)後期 児童家庭福祉 問42 )

次の文は、戦前の児童家庭福祉にまつわる法律に関する記述である。【I群】の法律名と【II群】の対象を結びつけた場合の正しい組み合わせを一つ選びなさい。

【I群】
A  救護法

  • 【II群】ウ  総合的な救貧施策で、医療、助産などの居宅救護、孤児院などに入所した者を対象としての保護が規定された。

B  恤救規則

  • 【II群】イ  無告の窮民に対し、救助米を支給。近隣や親族からの相互扶助を受けられない13歳以下の幼者が対象に含まれた。

C  棄児養育米給与方

  • 【II群】ア  15歳未満(後に13歳)の棄児を対象とする米(後に金銭)の給付。

保育士試験 平成25年(2013年) 社会福祉 問63

次の【I群】の歴史的事象と【II群】の解説文を結びつけた場合の正しい組み合わせを一つ選びなさい。

【I群】

C 恤救規則

  • 【II群】イ 血縁や地縁などの無い窮民に対してのみ公的救済を行ったが、救済の責任は、本来血縁や地縁などの人情的なつながりにあるとした。

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